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オペラの制作現場から アーカイブ

2008年01月28日 16:30

「制作現場は超多忙」オペラの制作現場から—その1

二期会ブログに新しいカテゴリーを加えることになりました。
オペラの企画から公演までの舞台裏で進むさまざまなシーンを、折に触れてご紹介していく「オペラの制作現場から」シリーズです。どうかお楽しみに。

さて、この冬の東京二期会の制作部は史上最高ともいえる忙しさです。
オペラの中でも代表的な大作、『ばらの騎士』『ワルキューレ』の稽古が重なったからです。
目の前に迫った『ばらの騎士』はびわ湖ホール、神奈川県民ホールと初めての共同制作。
二期会が制作を担当しており、出演者には関西二期会やびわ湖ホールアンサンブルの歌手達も加わってソリスト22名、合唱48名の総勢70名。
一方、自主公演の『ワルキューレ』は合唱こそないものの、それでも28名のソリストを含む40名近い出演者たち。

まずこのシーズンで欠かせない関心事は健康管理です。これだけ出演者が多いと、いったん誰かが稽古場に風邪を持ち込むとパニック。密室での長時間の稽古で蔓延してしまう恐れが大きいのです。それに、両演目共にドラマ性が高く、演技指導は微に入り細を穿つきめ細かさ。数分間のシーンに何時間もかける演出家のこだわりに、現場は細心の注意を払います。
ただでさえチームワーク維持が難しい制作現場は、張り詰めた緊張が続く厳しさがあってこそ求心力が生まれ、本番での素晴らしい舞台が実現すると全員が信じることができるようになるにつれ、ぐんぐんとテンションが上がっていくのです。

昨年12月から立ち稽古が始まり、演出家のホモキ氏による連日の猛稽古をこなしてきた『ばらの騎士』は、いよいよ今週末にびわ湖ホールで初日を開けます。『ワルキューレ』も年明け早々から演出家のローウェルス氏が来日し、稽古は徐々に演出の全容が見えてきて、まさに佳境に入っています。(常務理事 中山欽吾)

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2008年02月05日 17:28

『ばらの騎士』公演余録 オペラの制作現場からーその2

公演情報でお伝えした今回の『ばらの騎士』は、「ばら戦争」とも揶揄されたように、この1年で異なるプロダクションによる4度目の『ばらの騎士』となりました。4本全部ご覧になったお客様から、今日のがベストだったとお褒めの言葉をいただいたほどのできばえとなりましたが、これは演出家ホモキがドラマとして人間関係を徹底的に活写した結果が一役買ったのではないかと思います。

その演出は、標題役(オクタヴィアン)よりむしろ元帥夫人に焦点を当てて時の移ろいが人間に与える憂愁と諦観を描ききっています。確かに作曲された時代、つまり第一次世界大戦前後のヨーロッパは、既存の権威が次々に崩壊していく変動の時代であり、このオペラに込められたメッセージはまさに「時の移ろい」なのです。

オックス男爵は、その時代の転換を理解せず、貴族と平民の関係の中でのみ自己を顕示しようとする、時代に取り残されたピエロとして、新興貴族のファーニナルは、自分の地位のためなら何でも自分の都合がよい解釈しかしない新興の俗物として描かれていますが、演出家はそうした状況をドラマの横糸にして、物語に喜劇性を際立たせることに成功しています。

ドラマとは人間同士の係わりに他ならず、歌っている人物の相手役はその歌われる内容に何らかの感応を受けていると、演出家はその心の動きを客席から感じ取れるようになるまで演技を要求しました。3分間の場面に1時間かけることも稀ではない猛稽古でした。全編にわたったこのような積み上げが本番で演じられた時、客席の感動は大きく深いものとなったのです。

ドイツの舞台ではシングルキャストを8週間かけて鍛えたホモキですが、演出助手による稽古は積んでいたとはいえ、彼自身は約1か月の来日でダブルキャストをここまで仕上げたことに深い満足の意を表しつつ、連日の稽古に耐え抜いて公演を成功させたメンバー一同に賞賛の言葉を贈って、帰国の途につきました。(常務理事 中山欽吾)

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2008年02月13日 19:10

佳境に入った『ワルキューレ』の稽古 オペラの制作現場からーその3

いよいよ来週に迫った『ワルキューレ』公演。秒読みに入った稽古場ではピアノによる通し稽古も終え、オーケストラの入った音楽稽古、そして会場の上野文化会館に場所を移してHP(総稽古)、GP(公演前の最終総稽古)へと進んでいきます。14日朝から会場の文化会館で舞台装置の仕込みが始まります。

今回の公演において『指環』4部作中の1本だけを取り出して上演するに当たっては、この作品が4曲の中でも音楽的に最も充実していることが挙げられますが、ドラマ的に見ても本作の中にはすでに序夜『ラインの黄金』の情報がかなり語られていることから、演出家のジョエル・ローウェルスは後に続く『ジークフリート』、『神々の黄昏』への物語の流れを意識することで、全体として密度の濃い作品に仕上げようとする意欲が感じられます。

また、自ら舞台美術も手がけており、ヴォータンのエゴに振り回される家族関係、父と娘の強い絆、そして神と人間、生者と死者といった対比を、深い洞察力に基づいた幻想的な舞台をもって描き出しています。

指揮棒をとるマエストロ飯守は稽古場において演出家とも緊密に打ち合わせを重ねながら、音楽を最大限生かした舞台にすべく稽古を重ねてきました。

いよいよその成果は来週明らかになります。(常務理事 中山欽吾)

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2008年02月26日 19:08

続々登場の歌い手達! オペラの制作現場からーその4

『ワルキューレ』、『ばらの騎士』という二つの代表的なドイツオペラを並行して制作した今回の公演は、何れもお客様から熱いご支持を頂くことができました。立ち稽古は何れも2か月近くに及びましたが、当初海外から招いた二人の演出家ともに、この期間でダブルキャストを仕上げるのは不可能と首を傾けていました。

しかし、幸いにもそれは杞憂に過ぎず、むしろ日本人歌手達の能力を強く印象づける結果となったのです。中でも『ワルキューレ』で二期会オペラデビューを果たした歌手は10名、何れもオーディションで選ばれ立派に舞台を務めてくれました。

実はこの時期、新国立劇場でも山田耕筰作曲の『黒船』の制作が行われていて、そこにも十数名の二期会会員が出演していました。6月にはR.シュトラウス作曲の『ナクソス島のアリアドネ』の公演が行われますが、キャストの過半はこれらの三作と重なっていません。

このように我が国を代表するレベルの公演に出演できる歌手達が続々と育ってきたのは、日本人の肉体的条件の向上、オペラ研修所の充実、音楽稽古から立ち稽古に至る長期間の充実した稽古、出演者同士のチームワーク、など幾つもの要素が重なった結果です。

歌手は舞台経験を踏む毎にジャンプするように実力が上がるのですが、長い制作期間を通じて、海外や新国立劇場で活躍する先輩歌手と一緒に過ごした濃密な時間そのものが、若い歌手達にとって何よりの刺激となったことも確かです。

我々制作を担当するものにとっては、どうすれば舞台経験を増やすことができるかが問われており、年間の制作本数や、演目毎の公演回数を何とか増加させようと決意を新たにしているところです。(常務理事 中山欽吾)

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2008年03月06日 12:02

「稽古場の苦労」 オペラの制作現場からーその5

日本のオペラ団体は専用の劇場を持っていません。これって、世界的に見れば結構不思議な存在のようです。しかし我が国のオペラ発展の歴史は、自前の劇場を持つ環境とはほど遠いものでした。上演可能なホールも、殆どはオペラ用ではなく多目的ホール、稽古も貸しスタジオで行うのが当たり前のことだったのです。

本舞台に合わせてデザインされた階段のある立体的な舞台装置の場合など、借りた稽古場の天井が低いと持ち込めませんから、階段の位置を稽古場の床にテープで貼り付けて、微妙な時間差をつけて上り下りする真似をしながら歌うとか、苦労は尽きませんでした。

ところが最近の二期会オペラの演出では、演技や舞台上での動きを重視するようになって深刻な問題が出てきました。本舞台上での通し稽古が借館期間の制約内では十分にできないという問題もあって、本番通りの動きができない稽古場では公演の完成度に影を落とす恐れが出てきたのです。公演のたびに、制作担当者は公演会場並みの間口や奥行きを持つスペースの稽古場はないかと探すのが悩みの種でした。

そんな時、廃校になった新宿区立淀橋第三小学校が芸能花伝舎として舞台芸術関係団体に開放されることになり、その体育館を稽古場として特定期間使わせていただけるようになったのです。まさに理想的な稽古場空間で、コンヴィチュニー演出の『皇帝ティトの慈悲』、『ダフネ』、故実相寺昭雄演出の『魔笛』と、舞台装置を持ち込んだ稽古が実現し、完成度の高い公演に結びついていったのです。
Tito.jpg
『ティト』では何と回転舞台まで仮設し、人力で回しながら稽古を敢行しましたが、同じように回転舞台を使う『魔笛』では舞台装置が大きすぎたため、歌手達が装置の表から裏へ移動するのに合わせて、制作スタッフの方が装置の周囲を回りながら稽古を進める事態となったのですが。(常務理事 中山欽吾)

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2008年03月15日 15:55

オーディション オペラの制作現場からーその6

 最近の二期会オペラでは、時に思い切った新人の登用が話題になります。会場でファンの方から「中山さん、すごい隠し球だね!」などとお褒めを頂くと、自分で決めているわけではなくても、内心「してやったり」と嬉しくなってしまいます。そのような評価を受ける歌手は、まず間違いなくオーディションによって選ばれてデビューを飾った人たちです。沢山の優秀な歌手達がいる二期会では、オーディションは出演の機会を提供するための重要な「場」なのです。

 芸術監督制を敷いていない二期会では、キャスティングは財団の正式組織である10名からなるオペラ制作委員会の合議によって、役柄のイメージやアンサンブルのバランス等を考慮して決められます。公演意図や芸術レベルなどにより、主役級のキャストが重要なポイントになる場合には、特定歌手の指名が行われることもありますが、ほぼ毎回会員対象のオーディションが行われています。

 『フィガロの結婚』のスザンナのようなポピュラーな役は、100名を超す応募者となることもあり、『魔笛』の夜の女王のコロラトゥーラのアリアを何人もの歌手達が楽々と歌うようなオーディションを想像して頂ければ、誰を選ぶかの難しさを少しは想像していただけるのではないでしょうか。その中からダブルキャストで2名の出演者を決めるわけで、全会一致で決まるケースがある一方、選択を迷うほど僅差の歌手が10名を超える大激戦になり、結論が出ずに議論が長時間に及ぶことも稀ではありません。

 このように激烈な競争を勝ち抜いた歌手達にとって、冒頭の「隠し球」の話は大きな勲章となる一方で、選んだ委員にとっても嬉しい評価です。オーディションだけでは期待に反する歌手を選んでしまうリスクもあるからです。しかし長い目で見ると、結局は実力のある人が選ばれていくわけで、こうして頭角を現してきた人たちが多くなるにつれ、公演のレベルは確実に上がり、長い目で見ればキャスティングの妥当性が評価されることにもつながってくるのです。(常務理事 中山欽吾)

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2008年04月09日 18:11

「演目を決める」 オペラの制作現場からーその8

 オペラ団体が演目を決めるのは、その団体の性格や方向性を示す上で重要なステップです。例えば〈イタリアオペラの藤原歌劇団〉に対して〈ドイツオペラの二期会〉というのが二期会に貼られてきたレッテルですね。

 今年に入って、『ワルキューレ』に続いて、6月の『ナクソス島のアリアドネ』、自主公演ではありませんが、びわ湖ホール神奈川県民ホールとの共催公演『ばらの騎士』まで含めるとドイツオペラが3本続くので、「やっぱり!」といわれそうです。そこで実際はどうかと調べてみました。

 まず藤原歌劇団ですが、藤原義江引退後の1964年以降2005年までのデータをみると、イタリア約78%、フランス約11%、その他11%(内モーツアルト6%)と、文字通り〈イタリアオペラの藤原〉です。創立以来のデータもほぼ同様です。

 一方、二期会はどうかというと、モーツァルトを含むドイツオペラが40%(純ドイツ20%+モーツァルト20%)、次いでイタリアオペラが27%、あとはジャンルとして見たオペレッタ12%、フランス、日本が各8%、英米、ロシア、東欧を合わせて5%となります。イタリアオペラではヴェルディの『オテロ』や『マクベス』など日本初演が7本(委託制作や研究生卒業公演も含む)もありますから、むしろオールラウンダーといった方が当たっています。

 二期会では芸術監督制をとらず、委員会で芸術上の狙いや観客の開拓など色々な角度から論議を重ね、およそ3年先までの演目、演出家、指揮者などを決めています。このような中・長期レベルでの計画は、創立50周年記念公演の立案を始めた1999年頃から意識して行うようになり、2001年から3年間で9本の記念オペラを上演しました。その後毎年、計画のローリングを行っています。

 芸術の世界で合議制というのは奇異に感じられるかもしれませんが、今年度のラインナップを始め、年間4〜5本の公演を続けてきたこの10年を振り返ってみると、「二期会オペラ」の方向性が決してドイツオペラ偏重ではないことがお分かり頂けると思います。(常務理事 中山欽吾)


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2008年04月16日 12:18

「現場感覚」 オペラの制作現場からーその9

 よいオペラを作るには?という問いについて、〈よい〉を〈高品質の上演レベル〉と置き換えてみます。個人芸術家の至芸とは異なり、オペラは大勢の芸術家や技術者達の共同作業ですから、仕事の仕組みはまさに建設工事のプロジェクトとおなじです。

 下手な例えですが、素晴らしい設計でも手抜きをすれば欠陥だらけの建物しか立たないという点ではオペラも同じです。品質を高めるには、現場で発生するさまざまな問題を一つの方向性を持って解決し、まとめ上げていく作業が不可欠ですから、調整役つまり制作スタッフは「個と全体」の両方の視点でチームのバランスを見ていることが大切で、少なくとも毎日の現場を熟知していなければできないことです。

 「三現主義」という聞き慣れない言葉があります。〈現場〉〈現状〉〈現実〉をいうのですが、問題が起きたときに現場に行って現状を調べ、現実を観て方策を決めて実行するという、生産現場での品質作り込みの鉄則ですが、実は世の中の全ての行為に共通する真理です。他ならぬ筆者もかつて産業人時代に実践してきたので、オペラの世界に身を投じたとき、オペラの世界でも現場感覚が大切だということが分かったのは我が意を得る経験でした。

 上演レベルといえば、音楽は勿論のこと舞台装置、照明、衣裳などの美術的要素の他に、最近のようにドラマの表現を重視する演出が主流になると、舞台上での演劇的要素の完成度も重要度を増しています。その全体を最終的な舞台でどう表現するかは、まさに稽古の現場でなければ作り込みはできないわけです。

 稽古も終盤になると、歌う人とそれを受ける人の緊密な人間関係を描き出す感情の交錯や会話、客席からもはっきりと理解できるボディランゲージによる心理表現などが、ドラマの中にぐいぐいと引き込まれる大きな要素になっていることが実感できます。このドラマを指揮者に率いられたオーケストラと力の揃った歌手達による音楽が一体となって、舞台は一層感動的になるのです。

 観客のカーテンコールやアンケートに上演の成果がはっきりと反映されると、初めて裏で舞台を支えるスタッフ達は秘かな喜びに浸ることができます。オペラ作りの醍醐味というわけです。(常務理事 中山欽吾)

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2008年04月25日 17:16

「オペラと技術」 オペラの制作現場からーその10

 もう何年も前のことですが、筆者と同じエンジニア出身で、今は亡き大先輩S氏からご自分の関係する研究グループで、オペラにおける技術の進歩について話してくれとのご下命がありました。なぜオペラかとは思ったものの、氏は長いニューヨーク在住時代にMETでオペラにはまり、リタイヤ後は博覧強記のオペラ・ファンとして活躍されていただけに、筆者の知的好奇心をいたく刺激し、つい安請け合いをしてしまいました。

 引き受けたものの、実は何も分からず途方に暮れていたとき、ふと思いついたのが以前テレビで放映された、バロックオペラ劇場復元の物語でした。舞台機構は全て手動のロクロや滑車操作によるものですが、チェコの古都で行われたその舞台は、ローソクの明かりのなかで典雅に演奏された見事なものでした。早速録画を見直し、どこがポイントなのかを考えることから始め、その道のプロにも随分ご教示を頂いて、何とか約束を果たすことができました。

 S氏の意図は異業種から来た筆者の無知を知っていてわざと宿題を課したのかもしれませんが、取り上げたテーマは手動から電動への移行、音響、照明技術、特に光源の進歩、照明機器の進歩、映像投影方式と機器の進歩、セル原画からコンピュータアニメーションへの移行、広範なコンピュータの利用、など広い範囲に及び貴重な経験となりました。

 たまたまその時期に、偶然建築家になり立ての長男がさるオペラ劇場の建設現場で設計・建築監理に従事していました。最新鋭の舞台機構や照明装置や映像投射プロジェクターのことを教えて貰い、その技術の進歩に驚くばかりでしたが、彼から届いたメールには、こんなことも付け加えられていました。

「人間がロープを引くバトンが動き、レンズで集光されたろうそくの炎の揺らめきが照らす舞台の、圧倒的な人間の力、血の通った臨場感というものは、今日の劇場では薄れてしまっています。またデジタル制御に伴うシステムのブラックボックス化は、舞台という一回性の芸術において、時に致命的なトラブルを生んでしまうことがあります。バトンが不測の急停止を起こしても、どこかのインターロックが作動したのか、あるいは機械トラブルなのか、はたまた単純な入力ミスなのか直感的に把握できず、パニックに陥っている内に演出の一瞬のタイミングを逃してしまうような。高度なセンサーを備え臨機応変に判断ができる、無段変速機としての人体は、どんなに高度になったシステムに囲まれても、その中心にあることは変わりないですね。父の仕事の面白さが分かってきました。」(常務理事 中山欽吾)

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2008年05月09日 17:31

「原語上演」  オペラの制作現場からーその11

 オペラを作ると言っても大変な時間と手数がかかります。今回はその歌詞についてお話ししましょう。歌手達は出演が決まればそのプロダクションで指定されている楽譜の譜読みから始め、やがてコレペティトゥアによる音楽稽古に続いて、複数の出演者達によるアンサンブル音楽稽古まで済ませた時点で立ち稽古に移ります。この段階で音楽と歌詞が頭に入っていることが要求されます。

 昔の二期会公演だと日本語訳詞上演が普通でしたから、自分の歌う歌詞も、相手役の歌っている内容も分かりましたが、1986年頃から字幕付き原語上演が増えて行くにつれて、原語指導が必要となってきました。オペラ歌手を目指す人たちにとっては、イタリア語、ドイツ語は上演頻度が高いためにある程度基礎的な素養が付いてきますし、特定の国のオペラを歌うために平素からその国の言葉を勉強している歌手もいます。しかし、それ以外は公演の都度覚えて歌わなければなりません。オペラがドラマである以上相手役の歌っている内容を理解しなければ、その歌に対する自分の反応を返すことはできませんから、何語で歌うにせよドラマの内容理解を深めることは演技を深めていく前提となるわけです。

 今年度に予定している二期会オペラをみると、『ナクソス島のアリアドネ』はドイツ語、『エフゲニー・オネーギン』はロシヤ語、日生劇場共催公演『マクロプロスの事』はチェコ語、『ラ・トラヴィアータ』はイタリア語と4本全て使用言語が異なるという大変なことになっています。勿論専門家による原語指導をつけますが、単なる会話と歌う場合のイントネーションや発音の強調などは異なるので、人選は誰でもネイティブであれば良いとは言えないのが苦労するところです。譜読みの前に歌詞の発音とその意味の理解をコーチについて行い、音楽稽古の段階で歌い回し(ディクション)を修正して、初めて立ち稽古に臨みます。

 一人で演奏するのと違い、大勢の出演者達のレベルを合わせ有機的な結びつきを強めることで、初めて素晴らしい舞台が出来上がることを思えば、この「仕込み」ともいえる事前の準備が、公演の質を高めるために不可欠のステップだとお分かり頂けると思います。(常務理事 中山欽吾)

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