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ピックアップアーティスト Vol.36 森谷真理の今

Interview | インタビュー

森谷真理の今

2014年びわ湖ホール『リゴレット』(沼尻竜典指揮)ジルダで、日本のオペラ界に登場。たちまち日本のファンを魅了した、ソプラノ森谷真理。その後、2015年東京二期会とリンツ歌劇場の共同制作『魔笛』夜の女王(宮本亜門演出)、佐渡裕芸術監督プロデュースオペラ2016『夏の夜の夢』ティターニア、あいちトリエンナーレ2016『魔笛』パミーナ(2017年3月には神奈川県民ホール・iichiko総合文化センター他4団共同制作で同役)、そしてNISSAY OPERA 2016『後宮からの逃走』コンスタンツェ、今年2017年は、4月に三河市民オペラ『イル・トロヴァトーレ』レオノーラ、7月は東京二期会劇場とグラインドボーン音楽祭提携による『ばらの騎士』の元帥夫人を演じました。 “森谷真理の今”に迫ります。

―東京二期会とグラインドボーン音楽祭との提携公演『ばらの騎士』元帥夫人マルシャリン(Marschallin)について。(取材は2017年7月上旬)

マルシャリンは、初役です。これまでゾフィーを歌ってきましたが、マルシャリンは女性としてより哲学的な感じがします。それは年齢設定が、ゾフィーより年上ということもありますし、経験の差、身分の違いもあります。ゾフィーを歌った2011年から今は2017年、そのときから自分自身の成長もあって、さらに深くその言葉をつむぐ意味を感じます。同じ作品の中でも、ゾフィーの音楽と、マルシャリンの音楽は違います。3幕のテルツェット(3重唱)でもマルシャリンには彼女の心を表す音楽が描かれているのです。ゾフィーを演じていたとき、3幕はずっとマルシャリンの音楽を舞台の上で聴いていました。
ゾフィーとマルシャリンと両方を歌うことで、この作品のすべて、1幕、2幕、3幕すべてを体感できるのは、とても幸運なことと思っています。

今回は、演出家のリチャード・ジョーンズがイギリス人であること、演劇作品もたくさん演出していること、そしてグラインドボーン音楽祭から生まれたプロダクションということで、イギリス人が持つ、演劇的な要素がチャーミングに組み込まれていると思います。日常の中にも演劇性があり、何かの拍子にその人生が垣間見える。人生に対する皮肉やウィットがあります。それは今でも、会話の中で、シェイクスピアの台詞がさりげなく交わされるという国民性なのかも知れない。リチャード・ジョーンズの演出は、物語の背景や、感情、設定がとても深く、単なるファンタジーに終わらない。ただ正統的というのではなくて、よい意味で現実味があり、あたたかさがある、そういうプロダクションになっていると思います。
好きなシーンは、やはり1幕のマルシャリンのモノローグでしょうか。本当に歌詞の通り、です。ある程度の年月を生きてきた女性なら誰でも感じることなのだと思います。年を重ねる、ということ、いつまでも若くかわいいだけではいられない。大人の女性の生き方が潔くて美しい。大人の女性の賢さを、マルシャリンには感じます。

2017年7月 東京文化会館『ばらの騎士』(撮影:三枝近志)(1幕)

(3幕)

R.シュトラウスの音楽はとても好き。いつかサロメを歌いたいです。

2017年4月三河市民オペラ「イル・トロヴァトーレ」(撮影:山本典義/制作協力:東京二期会)

―森谷さんの音楽、オペラとの出会いはいつごろですか?

母が歌手でしたので、子どものころから、母が出演する市民オペラや、リサイタルに行っていました。クラシックの声楽は、身近にありましたが、反抗期もあって、15歳のころ、子どものころから習っていたピアノを一度やめてしまいました。自分は(音楽以外の道に)進学する、と考えたのです。
小学校のときは吹奏楽部、中学校では化学部でした。人前で歌うのも苦手でした。高校のとき、夢中になっていたのは演劇です。当時からパフォーマンスはやりたかったのかも。女子高でしたから、男役ばっかり演じていました。
そんなわけで中断していたピアノのレッスンでしたが、進路を決めるころに、母がふと、何気なくまた薦めてくれたのですね。そのとき出会ったピアノの先生がお姉さんみたいな存在で、みゆき先生というのですが、本当は、自分は音楽が好き、ということを思い出したのです。音楽をキライになったわけではなかったのですね。そして、自分で「音大に行く」と決めたのです。そこからですね。
母には、「始めるならやめないように」と言われたのですが、それが今にいたるまで…。呪文のように(笑)

武蔵野音楽大学へ進学し、栃木県小山市の自宅から通いました。1、2年生のころは仏子(埼玉県入間市)まで片道3時間、3年生からは江古田(東京都練馬区)へ片道2時間。海外で、半日がかりでイタリアのテノールの先生のレッスンにユーロ鉄道で行って、また帰ってくる、というようなこと聞いたことありますけれど。

―大学院修了後、ニューヨークのマネス音楽院で学ばれました。

母の学生時代の同級生が、ニューヨークに住んでいて、「ニューヨークがいいんじゃない?」と。それで行きました。そういうところ、わりと素直なんです・・・。
その在学中に、「オーディションを受けないの?」と先生に言われ、MET(メトロポリタン歌劇場)のNational Council Auditionの広告を見て申し込んで、そうしたら受けられることになってファイナル(最終審査)に残り、カヴァーの仕事をいただいて、それで学校を卒業後、METで働き始めました。

―2006年末、ニューヨークのメトロポリタン・オペラにて、ジェームズ・レヴァイン指揮、ジュリー・テイモア演出『魔笛』夜の女王で出演し大成功を収め、その後も、同役では他に、ウィーン・フォルクスオーパー、ドイツ・ライプツィヒ・オペラ、スコティッシュ・オペラ、グラインドボーン音楽祭のツアー、シアトル・オペラ、パルムビーチ・オペラ、ピッツバーグ・オペラ、ポートランド・オペラの各歌劇場に加えて、ボルチモア交響楽団、ワシントンのケネディー・センターでワシントン・ナショナル交響団などと共演。アメリカでは、上記の夜の女王役に加えて、タルサ・オペラ『愛の妙薬』アディーナ、インディアナ大学『ランメルモールのルチア』タイトルロール、センターシティオペラ・フィラデルフィア『ロメオとジュリエット』ジュリエット、コネチカット・オペラ『フィガロの結婚』スザンナ、ニューヨークシティオペラ・オーケストラ『夢遊病の女』アミーナ等を歌っています。たくさんのレパートリーを勉強した時期でした。

夜の女王、という役は、非常にテクニカルな見せ場が多く、ドラマティックな役ですが、当時もこの役は、年に1、2くらいのプロダクションで、と考えていて、そのほかは、また別の役のお話をいただいて、出演していました。今後、やっておきたい役、また歌手として次のステージのために勉強しておくべき役というリストが(自分の中に)あったのですね。

大学時代にオブラツォワ先生*が、「アジリタ**の技術は20代までに」とおっしゃっていたのが心に残っていて、毎日毎日、練習しました。
*エレナ・オブラツォワ(Elena Obraztsova1939年7月7日 – 2015年1月12日)ロシアのメゾソプラノ歌手。
**アジリタ 細かい音符で書かれた速いパッセージを正確な音程で歌うこと


夜の女王は、実は留学するときに初めて勉強しました。同時に、リューやルイーズを歌っていましたが、それまではベルカントのレパートリーを歌っていました。F(真ん中から2オクターブ高いファの音)が出るようにしなさい、といわれて、そのときも「高い音が出ないのは、練習が足りないから」と思って、また毎日毎日、練習しました。

私には、いつも不得手な役や曲が来るような気がしていました。毎回、課題があって。できるようになるまで練習して。考えてみたらずっと、そうですね、その繰り返しです。

2015年『魔笛』夜の女王

―アイルランド・オペラにて『トゥーランドット』リューとしてヨーロッパデビュー。以後、『ナクソス島のアリアドネ』ツェルビネッタと、『ドン・ジョヴァンニ』ツェルリーナで同劇場に再登場した他、フレミッシュオペラにてフィリップ・グラス作曲『アクナーテン』に女王タイとして出演。

ダブリンの仕事でもよい経験をさせていただきました。ツアーの仕事も多くて面白かったです。

―2010年から2014年までオーストリア・リンツ州立劇場の専属歌手になります。

大学時代はイタリアの作品ばかり勉強していて、ドイツの作品を歌う機会があまりなかったのですが、そのころ、ウィーンが大好きな友人がいて、イタリアから一緒に遊びに行ったのです。そしたら、マネジャーから、「3日後にリンツでラクメのオーディションがある」と電話がかかってきて、たまたまトランクに、ラクメのアリア「鐘の歌」が入っていたので、そのまま受けに行ったのです。劇場から「いつから来られますか?」といわれて3カ月後にはリンツに引っ越しました。その3カ月の間にも、ポーランドの「ショパン・フェスティバル」でノルマを歌い、その翌日にはモーツァルトのレクイエムを歌い、というわけでバタバタでした。

リンツに行くまで、私はドイツ語の役は、ツェルビネッタと、夜の女王だけ。ドイツ語も歌えるようにならなくては、と思っていたころでした。英語が話せたのでコミュニケーションは取れましたが、まわりは皆、ドイツ語を母国語とする人ばかりでしたから、ドイツ語の重要性はひしひしと感じました。リンツでは稽古から本番までが6週間。1年に4~7演目の仕事をしますが、そのほとんどが初役でした。

―リンツの歌劇場では『ラクメ』『マリア・ストゥアルダ』『椿姫』タイトルロール、『バラの騎士』ゾフィー、『リゴレット』ジルダ、『コジ・ファントゥッテ』フィオルディリージ、『ラ・ボエーム』ミミ、『チェネレントラ』クロリンダ、フィリップ・グラス作曲『失われたものの痕跡』、『カルメン』ミカエラ、宮本亜門演出『魔笛』夜の女王、パミーナ、『カルミナブラーナ』のソプラノソロ、『ラインの黄金』ヴォークリンデ、『ワルキューレ』ヘルムヴィーゲなどに出演した。

劇場のみんなが助けてくれて、ゾフィーを初めて歌ったときには、そのときのマルシャリン、オックス、音楽スタッフが、「何とかマリがゾフィーを歌えるように」と支えてくれ、同僚が何時間も私のドイツ語の練習につきあってくれたのです。20回以上の本番があって、大好きな役になりました。
(リンツには)行くべき時に行ったという感じがします。たくさん勉強させていただきました。ワーグナーも、このときが初めてでした。ジークリンデを、来年びわ湖ホールで歌えることになって、とてもうれしいです。

2011年『ばらの騎士』ゾフィー

―さて、この秋、10月には『蝶々夫人』タイトルロールを演じます。
「日本人、ということもあってデビュー当初からこの役のオファーがありましたが、まだ若かったですし、蝶々さんを歌う前にほかに歌いたい役もあったので・・・。」と以前インタビューでも語っています。

ずっとやりたかった役です。いつか、と思ってきた役でした。そろそろ、と思ったのが、3年くらい前です。歌いたい時期と歌わせていただけるプロダクションとその時期が、今で本当に嬉しいです。
栗山昌良先生の『蝶々夫人(Madama Butterfly(マダム バタフライ))』は映像で拝見しましたが、こんなに美しいバタフライがあるなんて、という驚きでした。オペラは西洋芸術ですから、普段は(日本人である自分が)西洋人を演じます。そのときにあえて日本人として、というアプローチは、求められません。でも蝶々さんは、もともと日本人として描かれている役なのです。
長く海外で暮らしていると、そこで上演される「Madama Butterfly(マダム バタフライ)」は、日本の生活習慣や風俗が正確に理解、表現されているとは限らず、屋内でも履物を脱ぐ人、履いたままの人が同時に登場したり、蝶々さんが派手な紫色の男物の着物を着ていたり、ということもあります。でも栗山先生の『蝶々夫人』は、見たことがないほど美しい和の舞台なのです。ぜひこの美しいプロダションを欧米のお客様にも見ていただきたいと思います。

こんなに美しいバタフライがあるなんて、と感激した、栗山昌良演出の舞台(2014年東京文化会館 撮影:三枝近志)。今年10月にその蝶々さんを歌う。 蝶々さんは、自分を不幸とは思っていないところがせつないと思います。

―デビュー当初から、ニューヨーク、ダブリン、ロンドン、それにミラノ、ローマ、ウィーン、リンツ、東京、と都市から都市へ、国から国へ、移動が続きます。時差をものともせず、空港から劇場入りすることもしばしば。ツアーの仕事も多く、そのスタミナには驚かされます。

私は旅が好き。移動は、気分転換になり、枕が変わる方がよく眠れます。これは特技かも(笑)

―そして、もうひとつ、三味線を習っている、と伺いました。

ずっとやってみたくて、一日体験のお稽古に行ったら、楽器もお世話いただいたのです。音楽がイヤになるというわけではないのですが、楽譜を見たくない日もあって、そんな時、お三味線を弾くとすごく楽しい。楽譜も音色も、西洋音楽と全然違う。
でも、楽器がけっこうかさばるので、なかなか持ち運べません。長く家を離れるときは、1、2カ月分の生活用具一式、それにステージドレスなどを大きなトランクに詰めて持ち歩くので、今回も、お三味線はウィーンでお留守番です。

2017年11月にはBCJ『ポッペアの戴冠』に出演します。
バロックの作品には、何か生々しい、余計なものがついてない原石のような音楽があって、感情が外にあふれ出てくるようなところがあります。雄大な後期ロマン派の作品もいいけれど、声楽的にも、バロックは日本人に合っている気がします。箱庭のようでいて収まりきらない、激烈な感情を秘めています。すごくintimate(親密)な感じもあります。以前、イタリアで、ポルポラ***とヴィヴァルディを歌ったのです。とても好きな作曲家です。もっと演奏される機会があればいいな、と思います。
*** ポルポラ (Nicola Antonio Porpora)(1686-1768) イタリア、ナポリの作曲家で声楽教師。


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