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ピックアップアーティスト Vol.44 宮里直樹の今

Interview | インタビュー

取材・文 = 高坂はる香

―キャリアのターニングポイントとなったのは?

 まとまってお仕事をいただけるようになったのは、日伊声楽コンコルソと東京音楽コンクールで賞をいただいたことがきっかけだと思います。アルバイトもやめて、少しずつ、歌だけでやっていける状態になりました。
 ところでそのアルバイトというのは、会員制スポーツジムのプールの監視員でした。子供の頃からずっと水泳をやっていたので、最初は教えるほうのアルバイトに誘われたのですが、どちらが本業かわからなくなってしまうからと、監視員をやりました。
 ちなみに、水泳で肺活量があがると聞いたことがあって期待していましたが、東京藝大に入ってすぐの頃に測ったら平均以下だったので、全然意味がなかった!と驚きましたね(笑)。

―今も泳いでいますか? 健康管理のために心がけていることは?

 最近は全然泳いでいません。一方で、食べ物には気を使っています。医学的な信憑性はわかりませんが、風邪の予防には腸内環境が重要らしいので、発酵食品を作って積極的にとるようにしています。ヨーグルト、甘酒、パン、最近では発酵バターも作りますが、とてもおいしいんですよ。料理は、できるだけ中に何が入っているか自分でわかるものを食べたいですね。

2020年2月 東京芸術劇場 ヴェルディ『ラ・トラヴィアータ』アルフレード役
(写真提供:東京芸術劇場/©Hikau.☆)

―ところで、オペラで演じるさまざまなテノールの役どころについてはどう感じていますか?

 実は僕、自分に近いキャラクターだと逆にやりにくいんです。だんだん、自分なのかその役なのかわからなくなり、集中できなくなっていく。
 それに対して、自分とは全然違うキャラクターだと、切り替えて演じることができるように思います。モーツァルトに出てくる王子様役なんかは、僕とはタイプが真逆なので、むしろやりやすい。
 自分に近いのは、『愛の妙薬』のネモリーノのような、もじもじしている役柄です(笑)。

―2020年11月には、日生劇場の『ルチア』でエドガルド役を演じます。

 敵軍の女性を好きになってしまう、いわゆる『ロミオとジュリエット』のような物語です。エドガルドは激情的な性格ですし、恋人を信じてあげられない弱さを持っています。そして、愛ゆえに我を忘れてしまう。とても人間らしい役どころです。
 『ルチア』もそうですが、こういった壮絶な物語の稽古をしているときは、精神的にもだんだん辛くなっていきますね。どうすればそのキャラクターが際立っていくのか、指揮者や演出家の考えを踏まえながら、自分の考えとどのようにあわせていくか、考えているうちに頭がいっぱいになります。僕は、1日に別の演目の稽古を掛け持ちすることはできないタイプです。

―理想とする声や表現はどのようなものですか?

 役ごとに、様式を守って歌っていることだと思います。例えばモーツァルトなら、頂点に向かうときに丸みをおびた高音を出す必要があります。モーツァルトには、ヴァイオリンでもキイッと弾くような表現はありません。
 声色だけを念頭に置いていると、喉で調整することになるので体にもよくありません。僕は歌うとき、オーケストラ譜をみてヒントを得ながら、言葉の使い方や、子音から母音のつなぎ方について、一つ一つ地図のように組み立てていきます。

―ここでまた、器楽出身らしいところが出ましたね。

 そうです、僕は器楽出身だし真面目なんですよ(笑)! 指揮者の先生方からは、器楽をやってきたからこその感覚を信用していただけているのではないかと思います。いい加減なことはせず、自分が確実だと思うことをやっていきたいです。

―憧れている演目や役はありますか?

 たくさんありますが、あちこちで言っているのは、チャイコフスキーの『エフゲニー・オネーギン』のレンスキー。ウィーンでロシア人の先生たちに習ってしっかり勉強したので、ぜひやってみたいです。
 これは物語というより、とにかく音楽がすばらしい。中でも好きなのが、レンスキーが1幕で登場し、オリガに愛を語る場面。「あなたを愛しています」が「君を愛しています」に変わったとき、和音も見事に美しく変化するのです。さすがチャイコフスキーだと感じる、本当によくできた作品です。

―音楽家として大切にしていきたいことはなんでしょうか?

 オペラ、宗教曲や歌曲など、自分の声で無理なくできることをたくさん探していきたい。そして、常に芸術家でありたいということです。
 そう思うようになったのは、やはり、歌に転向したことに由来していると思います。当時、僕はヴァイオリンが好きなのになぜ歌に行かなくてはならないのだろう、何をやりたくてこの道に進むのだろうと自問しました。そして、結局音楽がやりたい、それに尽きると気がついたのです。
 子供の頃から、父が買ってくれたポータブルプレーヤーでいろいろな音源を持ち歩き、常に聴きながら生活してきました。僕にとって、クラシック音楽はなくてはならない存在です。いわばクラシックマニアなのですが、自分はそこから先に進み、そのすばらしさを伝える側にならなくてはいけないと今は思っています。
 大好きなクラシック音楽を、絶対に汚したくない。だからこそこれからも、音楽に専心するということを、自負を持って貫いていきたいです。