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ピックアップアーティスト Vol.41 髙橋絵理の今

Interview | インタビュー

取材・文 = 山口眞子

-ソプラノ歌手特有の華やかさと同時に、楚々とした雰囲気と優しさを併せ持つ髙橋絵理さん。最近、めきめきと頭角を現している、素敵な女性だ。
そんな彼女は、どんなきっかけで歌手になったのだろう。

 秋田の横手出身ですが、幼い頃、親戚一同が集まるとカラオケで演歌などを歌い、歌うことは大好きだったようです。そのころに流行っていた曲というよりは祖父母が歌っていたテレサ・テンの歌とか『北酒場』などが得意でした。クラシックなどには全然触れていなかったんですよ。
 小学校低学年の時のこと、友達が楽しそうに合唱部の話をしていて、ちょっと来てみればという感じで入部しました。公立の小学校でしたが、合唱コンクールに出るような熱心な部で毎日放課後に練習していましたが、楽しくて、いやいや部活動していたという記憶は全くないですね。
 その頃から声部はソプラノでしたが、ソロなどに選ばれてコンクールに出ました。それでも『私はうまいんだ』という自覚などはありませんでした。ただ楽しくて、主に合唱コンクールの課題曲を練習していました。全国大会には行けませんでしたが、東北大会では歌いましたよ。その時にアンサンブルの楽しさや、横手のホールでしたが、大きなホールで歌う喜びも知りました。

 中学でも合唱を続け、レッスンをしていただく先生に巡り会えました。高校をどうしようかと進路を考える中学2年生の頃、合唱のボイストレーニングのためにいらしていた先生の歌声を聴いて、「これだ」「私もこのような声になりたい」「私もこうなる」とすぐに思ったのです。
 合唱曲を歌うくらいで、クラシック曲などは全く聴いていなかったのですが、そのボイストレーナーの先生に出逢えたことで声楽家になりたいと初めて思ったのです。それがきっかけですね。その先生に音大受験に向けてレッスンをしていただきました。

 オペラに目覚めたのは大学に入ってからです。大学に入るまではオペラがどういうものかも知らなかったのですが、大学の図書館でミレッラ・フレーニの歌うミミを観て、号泣してしまい、そこからです。ルチアーノ・パヴァロッティとの共演の舞台でしたが、それが衝撃的過ぎて。素晴らしいと感激。まさに愛だと思いました。

-大学図書館での衝撃的な出会いをきっかけに、ミレッラ・フレーニを目標とするオペラ一筋の生活が始まったという髙橋さん。それからオペラ三昧の日々が始まった。オペラへの「愛」の日々だ。

 丁度その頃ですが、恩師田口興輔先生の門下生にはオペラを発表するという課題があり、『ドン・ジョヴァンニ』を制作しました。一年では裏方をするのですが、私は舞台監督をやり、オペラはこういう風に創るんだと、舞台の表と裏の隅々まで学びました。先輩方に教えてもらい、どう作り上げ、演じていくのかをゼロからみるわけです。小道具から衣装、全てを自分たちで作り上げていく。言葉をどう捉え、どう演じていくかを先輩方が試行錯誤している姿を見て、とても勉強になり、刺激となりました。そういう現場に没頭し、体験したことが、今、とても生きています。楽しくって無我夢中。それが今に繋がっているのです。

-その後、国立音楽大学大学院声楽専攻オペラコース修了。二期会オペラ研修所第50期を修了し、修了時に優秀賞・奨励賞受賞。さらに新国立劇場オペラ研修所第10期生修了。その間にも数々のオペラの演目の役をこなし、2010年沼尻竜典指揮トウキョウ・モーツァルトプレーヤーズ・オペラ・プロジェクト第2弾では『フィガロの結婚』伯爵夫人役で高い評価を得る。2012年二期会創立60周年記念公演『パリアッチ(道化師)』(パオロ・カリニャーニ指揮/田尾下哲演出)ネッダ役で二期会デビュー。2013年三河市民オペラ『トゥーランドット』リュウでは賞賛を浴びた。2013年には東京二期会『ホフマン物語』(ミシェル・プラッソン指揮/粟国淳演出)アントニア役で好評を博すなど、着々と輝かしい経歴を築いている。
 それでも、将来を思い、落ち込んだ時期もあったという。

 新国立劇場オペラ研修所を終える前後でしょうか、将来が不安になり、とても落ち込みました。研修所を終えても次々と仕事が来るわけではありませんからね。そんなこともあり、コンクールを受けたのです。

-その結果、2011年第47回日伊声楽コンコルソ第3位。2011年第6回静岡国際オペラコンクール第3位(あわせてオーディエンス賞)。五島記念文化賞オペラ部門 平成26年度オペラ新人賞受賞など。そして、ボローニャ留学の機会を得るのである。

 五島記念文化賞新人賞により五島文化財団の助成金をいただき、ボローニャに留学できたのです。これがその後の大きな転機となったと思います。
 一年ちょっとの期間でしたが留学先は恩師のセルジョ・ベルトッキ先生がいらっしゃるボローニャを選びました。ベルトッキ先生には研修所時代から10年近くコンスタントに練習していただいていましたが、一年みっちりではなかったので、色々な役をやる中で、昔の癖が戻ったりして、やはりテクニックが定着することは難しかったのです。留学することで、勉強に集中し身体を修正する作業ができたこと、そうすることでテクニックが身に着いたことが一番の収穫だったと思います。不安要素がなくなったように思いますね。

-具体的にセルジョ・ベルトッキ氏のレッスンとはどんなものだったのだろう。

 まず語学学校で語学の勉強、イタリア語をみっちり学びました。それに、イタリア語の中で生活することで自分の耳がイタリア語の発音の周波数に慣れて、イタリアものが歌いやすくなりましたね。
 そんなイタリア語の発声から始まり、ベルトッキ先生には本当に緻密なレッスンをしていただきました。マエストロによって調整された状態になると何でも歌える気になる。気持ちも身体もそんな状態になるのです。ちょっとした感覚の違いなんですが、実際に歌ってくださるマエストロの感覚を真似し、体感していくと、不思議なもので自分の声を聴かなくなるんですね。良い発声の状態というのは自分で自分の声を聴かないのです。

 実際にマエストロに聴くなとも言われました。自分の声を聴くと身体に意識を向けられないからです。一番大事なことは体に意識を向けること。身体や息の運びをコントロールすると自然に声が出るのです。マエストロのアドヴァイス通りにしていくと徐々に身体が機能していき、身体だけに意識を向けられるようになるのです。それまでに習ったことのない感覚でしたね。

東京二期会オペラ劇場/R.レオンカヴァッロ『パリアッチ』ネッダ
(2012年7月 東京文化会館 撮影:三枝近志)

東京二期会オペラ劇場/J.オッフェンバック『ホフマン物語』アントニア
(2013年8月 新国立劇場オペラパレス 撮影:三枝近志)

-そんなボローニャでの成果をお披露目するために開かれるのが、五島記念文化賞オペラ新人賞研修成果発表「髙橋絵理ソプラノ・リサイタル」(2019.7.15紀尾井ホール)。満を持してのリサイタルだ。

 リサイタルの時期も自分で決めましたが、曲目もイタリアものを中心に歌曲とアリアにしたいと思っています。バリトンの上江隼人さんにお願いしてデュエットも予定しています。
 楽しみですが、緊張しますね。オペラで歌うのとコンサート、そしてリサイタルではそれぞれ気持ちが全く違います。特に今回のリサイタルは特別な緊張です。お客様にどう聴いていただくかもありますが、五島記念文化財団にボローニャで何を勉強し、何を得てきたかを演奏でお伝えしなくてはならない。そして、自分がどういう歌手であるかということも歌で表現したいと思いますからね。

NISSAY OPERA 2017/プッチーニ『ラ・ボーエム』ムゼッタ
(写真提供:日生劇場 撮影:三枝近志)

NISSAY OPERA 2017/プッチーニ『ラ・ボーエム』ムゼッタ
(写真提供:日生劇場 撮影:三枝近志)

-ボローニャでの成果をお披露目するもう一つの場が、東京二期会コンチェルタンテ・シリーズ、ジュール・マスネ作曲『エロディアード』(2019.4月27日、28日Bunkamuraオーチャードホール)だ。この作品のサロメに抜擢されたのだ。6月にはリヒャルト・シュトラウスの『サロメ』も上演される予定であり、その対比を楽しむ企画としても秀逸だ。

 演奏会形式ですが、『エロディアード』はなかなか上演されることがない作品ですし、グランド・オペラなのでなかなか大変です。でも、すごく楽しみですね。有名なアリアを一曲、学生時代に歌ったことはありますが、オペラ作品全体がマスネらしくきれいで、煌びやか。聴き応えがあります。コンサート形式だからこそ、音楽もより楽しめますよね。
 それに、リヒャルト・シュトラウスの『サロメ』とは、ストーリーも、サロメ自身もタイプが違う。それでも、この作品のサロメも前半と後半では大きく変わっていきます。最後には自害してしまうのですが、それに呼応するように音楽も大きく変わっていきます。最初は純粋な少女、恋する乙女といった感じから、愛するジャンが処刑され、最後には自分の母親を知り自害するというように、徐々にストーリーが重くなっていく。演じ甲斐のあるドラマチックな物語です。そんなひとりの人生をオペラの中で生きるというのは格別。役得ですね。
 また、マスネはワーグナーの影響を受けてライトモチーフを設けているので、フレーズによって登場人物の誰かがわかるようになっている。それも聴きどころの一つだと思いますね。
 それにしても、オペラって自己犠牲のヒロインが多いですよね。ジルダもリューも、そしてこのサロメも。信仰と愛と自己犠牲がキーワードではないでしょうか。

-フランス・オペラ界の重鎮、ミシェル・プラッソンの指揮によるコンサート形式だということも魅力の一つだ。

 2013年には東京二期会『ホフマン物語』(粟国淳演出)でアントニア役を演じさせていただきましたが、指揮者はミッシェル・プラッソンさんでした。彼との再会も楽しみです。
 人間的にも彼は穏やかで紳士、素晴らしい方です。何より、音楽作りが素晴らしいのです。昨年85歳になられたそうですが、お元気ですよね。『ホフマン物語』でアントニアを演じた時は、ボローニャに留学前だったので、舞台に乗るだけで精一杯。とにかく必死だったのですが、今回は一緒に作り上げられるくらいになるといいなと思います。音楽を共に作り上げたい。とにかくプラッソンさんには、今のこの私をみてもらいたいと思いますね。

-イタリア留学を経て大きな飛躍を遂げて揺るぎない自信を得たことは、舞台での演技に影響し、表出している。確固とした演技に繋がっている。

 オペラは音楽がとにかく素晴らしいので、その中に身を置くと自然にその役になってしまいます。舞台特有の緊張もプレッシャーもありますが、いざ舞台に立ってしまうと、その役に没頭してしまうのです。とは言え、オペラというのは音楽もテキストも決まっていても、演出によってだいぶ変わりますよね。去年は、広上淳一さん指揮、菅尾友さん演出の日生オペラ『コジ・ファン・トゥッテ』でフィオルディリージを演じさせていただきましたが(2018.11)、ロボットなのです。AI(人工知能)搭載のロボットで、演じていてもとても面白かったですね。この時のように演出家が提案してくれた世界観が納得できると、とにかく面白い。納得できない場合は、ディスカッションを重ねて作り上げていくのです。その作り上げていく行程は大学時代の初めてオペラを作った時のわくわく感と同じで、その体験が蘇ります。

NISSAY OPERA 2018/モーツァルト『コジ・ファン・トゥッテ』フィオルディリージ
(写真提供:日生劇場 撮影:三枝近志)

NISSAY OPERA 2018/モーツァルト『コジ・ファン・トゥッテ』フィオルディリージ
(写真提供:日生劇場 撮影:三枝近志)

-大輪の花に開花しつつある髙橋絵理さん。そんな彼女をオペラファンは見逃さない。

 故郷の横手市とは少し離れていますが、秋田市のホール、秋田アトリオンにもとてもお世話になっています。昨年はアトリオンで『こうもり』のロザリンデを、そして年末にはアトリオン30周年の企画としてリサイタルもさせていただきました。今年の2月には『ボエーム』のミミをさせていただいたのですが、どの公演でも横手から多くの方が来場してくださり、東京からもたくさんの方がわざわざいらしてくださったんですよ。有難いし、嬉しい限りですよね。

2016年2月アトリオン音楽ホール・コンサートオペラVol.3/ビゼー『カルメン』ミカエラ
(写真提供:秋田アトリオン事業部)

2018年2月アトリオン音楽ホール・コンサートオペラVol.5/J.シュトラウス喜歌劇『こうもり』ロザリンデ
(写真提供:秋田アトリオン事業部)

2019年2月アトリオン音楽ホール・コンサートオペラVol.6/プッチーニ『ラ・ボエーム』ミミ
(写真提供:秋田アトリオン事業部)

 3月には山形交響楽団の定期公演で、演奏される機会の少ないブルックナーの詩編集150も歌いました。とにかく貪欲にレパートリーは増やしていきたいですね。何でも挑戦しますよ。それでも、モーツァルトから始まり、モーツァルトに戻るというか、やはり私の中ではモーツァルトは特別な存在です。
 歌い手となりオペラの舞台に立って、自分ではない人間になることができる。自分でなくてはできないことに出逢えたことは幸せですね。多くの素晴らしいひとに出逢えたことも幸せ。この幸運を生かすよう、これからも努力していきます!