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Interview | インタビュー

たぐい稀なる美しい響き  その音楽にきらめく鮮やかな色彩…

心に響くリリックな美声でファンを魅了するテナーの逸材、望月哲也がウィーンでの研鑽を積み、その成果を披露する時がやってきた!
『ドン・ジョヴァンニ』のドン・オッターヴィオ、 『魔笛』のタミーノ、ハンブルク州立歌劇場共同制作『皇帝ティトの慈悲』のティトなどのオペラばかりでなく、歌曲やオラトリオの演奏でも目覚しい才能を内外で高く評価されている望月哲也さん。文化庁新進芸術家海外研修員としてウィーンへ留学し、現在もウィーンと日本を行き来している。近況と音楽へ対する深い想いを伺った。

望月哲也さんは87歳で亡くなった国際的な名テナー、エルンスト・ヘフリガー氏(1919.7.6-2007.3.17)の東洋人最後の弟子と伺っています。素晴らしいエヴァンゲリスト(福音史家)やシューベルト三大歌曲集の録音などでも有名ですが、その演奏や言葉で思い出すことがありますか?
すると望月さんが見せてくれた宝物が、このヘフリガー氏が愛用していた「ヨハネ受難曲」の楽譜でした。

恩師 ヘフリガー氏との出会い

いつもこの楽譜を持って歩いています。07年3月にも「ヨハネ受難曲」のエヴァンゲリストを歌うことになっていたので、ウィーンでヘフリガー先生にレッスンを受けていて、最後のレッスンの日に「この譜面をあげるから日本に持って帰れ」とサインをして渡してくださったものです。

ヘフリガー先生が使い込んだ「ヨハネ受難曲」の楽譜

先生は心臓が悪かったのですが、何か虫の知らせでもあったのでしょうか。ただ、晩年のヘフリガー先生は、テノールを教えたがっていたそうで、僕は04年から機会を見つけてはウィーンに出掛け、06年からは住まいも移して本格的にレッスンを受けていました。本当に人生の中で最も集中して学んだ充実した時期だったといえるでしょう。リートとオペラを週3回、2時間半ずつレッスンにも通っていました。
ヘフリガー先生は、著名なリート歌いであり、バッハのエキスパートであるだけでなく、モーツァルト『魔笛』タミーノ、『ドン・ジョヴァンニ』のドン・オッターヴィオをはじめ美しいテノールのレパートリーをほとんど得意としていて、すべてを偏りなく歌えるという点で大きな目標だったのです。
印象に残っているヘフリガー先生の言葉は「オペラでもリートでもエヴァンゲリスト(福音史家)でも、言葉が大切。(何かその作品の中に含まれている真理を)伝えることが出来なければ、美しい言葉を美しいメロディーに乗せて歌うだけでは足りない」ということをおっしゃっていましたね。
これは先生のある有名なお弟子さんから後日伺ったのですが、僕のことを「私のところに東洋からやっとホンモノのエヴァンゲリスト歌いがやってきたよ」と、嬉しそうにおっしゃっていたという話を伺って、胸が熱くなりました。これから先生の遺志を継いで、本当に本物のエヴァンゲリストを目指そうとあらためて思っています。
まだドイツ語が完璧に話せるわけではありませんが、この演奏をするにあたって、少しでもその内容を深く理解し、全ての単語を理解し、正しい発音を持って伝えながら、言葉の行間を埋めてゆく。そういうことを心がけています。ウィーンに住む以前にはやはり舞台語としてしか理解していなかったものが、今はやっと頭の中に字幕スーパーのように流れてゆくような感覚になってきました。

それはますます楽しみです。もともと望月さんの声には独特の美しさ、まろやかさがあって、“清冽で輝かしく、愛に満ちた声”。バッハやシューベルトの演奏では、よどみなく豊かに流れる河の流れを思わせるようなイメージがあります。まさに天から授かった声ですね。

オラトリオとリート

有難うございます。僕は子供時代ずっと野球少年で、プロの野球選手に憧れた時代もありましたが、中学で合唱部への出演を頼まれ、声楽の素晴らしさを知り、高校からは合唱部に所属してさらに歌の魅力にはまってゆきました。進学した高校がNHK合唱コンクールの全国大会でも好成績を残すほど合唱が盛んだったのです。パバロッティの声が特に好きでした。独唱で得意な曲は『リゴレット』の“女心の歌”でしたね(笑)。あんなに美しいメロディーを歌うマントヴァ公爵が実はひどい女ったらし。オペラって一筋縄でいかないところが面白いなって。
当初は音楽教師を目指していましたが、担任の先生に「君は演奏家の方が向いている」と言われて一念発起、本格的なレッスンを受けて幸いにも東京藝術大学に入学することが出来ました。今は声楽家になって本当によかったと思うし、自分がこうしてプロの声楽家としてここにいられることに心から感謝しています。そしてテノールでよかった! J.S.バッハは、キリストの誕生を描いた「クリスマス・オラトリオ」、そしてその受難を描いた「ヨハネ受難曲」「マタイ受難曲」でテノールにエヴァンゲリストという重要なナレーターとしての役割を与えています。最初に歌ったのは2002年のことでした。今思うと随分昔のような気もします。
ドイツ・リートでは3月に王子ホール主催で、シューベルト「美しき水車屋の娘」を演奏します。
音の中に含まれる沢山の色彩を感じながら、ここ数年ウィーンで培った成果を存分に出せたらと思っています。

Concert 2009年3月27日 19:30開演 王子ホール

ところで、望月哲也さんを語る上で、やはりオペラの話ははずせません。これまで東京では、『ポッペアの戴冠』のネローネ、宮本亜門演出『ドン・ジョヴァンニ』ドン・オッターヴィオ、故実相寺昭雄演出『魔笛』タミーノ、そして何といっても最も注目されたのは、ペーター・コンヴィチュニー演出『皇帝ティトの慈悲』の皇帝ティト(東京二期会とハンブルク州立歌劇場との共同制作)でした。時として古臭く退屈になってしまいがちなティトですが、ときに激しくスピード感溢れる演出の中で、望月さんは心地よい美声を最後まで保ち、ハイヴォイスへの切り替えもさることながら、快活で賢い魅力的な人間として現代に甦らせることに成功していました。ティトの心情を歌う20曲目の重要なアリアでは、「血も涙もない心が必要というなら、神よ私から皇帝の座を奪いたまえ」と歌いながら、ティトが自分の胸から心臓をとりだしてみせ、失神する場面も印象的でした。高いB(シ・フラット)を伴うアリアの急-緩-急の流れをあの動きを伴いながら演じきった様子は素晴らしかったです。

05年3月 実相寺昭雄演出『魔笛』タミーノ 撮影=三好英輔
06年4月20日 「帝王ティトの慈悲」ティト プレミエ カーテンコール
オラトリオとリート

ティトは僕にとってやはりあるひとつの転機だったと思います。モーツァルトの作品の中でもテノールがタイトル・ロールとなっている作品ということや、単に愛や恋に悩む若者ではない皇帝という立場をどう咀嚼するか。またティトに与えられた音楽が非常に充実しドラマティックで、音域も高い部分があってやり甲斐があるので、この役は早くからレパートリーにしていたのですが、国際的なプロダクションに携わり、演出のコンヴィチュニー氏や指揮のスダーン氏との稽古を重ねる中で、言葉では説明できないような様々な触発を受ける事が出来ました。このオペラはイタリア語ですが、イタリア語のわからない日本人に対してイタリア語のテキストをしっかりと伝えるためにはどうしたらいいか。身振りや手振りだけでなく目や表情や五感をフルに使って理解してもらうための妥協しない稽古に毎日が新鮮でした。コンヴィチュニー演出では、ティトのキャラクターにおいても全場面において一本筋が通ったストーリーが作られていて、人間的な皇帝として描かれていました。場面の読み替えや台詞の中では一箇所日本語にしたところなどもありましたが、考えに考えられた結果です。そうした舞台に出演して、30歳を越えて本格的に海外で生活する必要性を感じたということも実感としてあるかもしれません。

06年4月 右=演出家 ペーター・コンヴィチュニー 左=指揮者 ユベール・スダーン (公演記者会見会場にて)

望月さんは08年3月にはポーランドのレグニツァ市立劇場で『魔笛』タミーノでヨーロッパデビューを果たし、8月にはオーストリア・シュタイヤー音楽祭で『蝶々夫人』ゴローにも出演されていますね。ゴローではコミカルな一面も好評だったとか。
09年11月には東京二期会『カプリッチョ』(R.シュトラウス)の要役として、伯爵の妹できまぐれな若い未亡人のマドレーヌに恋をする音楽家フラマン役で出演されるそうですね。

リヒャルト・シュトラウス最後のオペラ『カプリッチョ』は、音楽における美の極致のような作品で、溢れるような豊かな色彩に満ちていますから、すごく楽しみです。ウィーンでも最近『カプリッチョ』を観てきました。ゴローもリラックスして歌えました。僕自身はコミカルな役も楽しくて大好きなんですよ。

オーストリア シュタイヤー音楽祭『蝶々夫人』ゴロー 会場=グラーベン城野外劇場 Musikfestival steyr ‘Madame Butterfly’ ピンカートン役にメトロポリタン歌劇場等で活躍するロイ・スミス氏、蝶々さんに中嶋彰子さんなどが出演。ヨーロッパでも大きく報道された。
シュタイヤーにて

それに北オーストリアのシュタイヤー地方はとても美しい場所で、シューベルトがよく訪れ、この地で有名な「鱒(ます)」を作曲したといわれています。シューベルトをライフワークとして歌ってゆきたい僕にとって、その空気を吸い景色を眺めることは貴重な体験にもなりました。
それから、ブラティスラヴァでコンヴィチュニー演出『エフゲニー・オネーギン』を観てきました。やはり演出が際立っていました。9月に東京二期会でも上演されたプロダクションです。そういえば、コンヴィチュニー氏からはこの本を頂いたんですよ。

Anja Oeck: Musiktheater als Chance.  Peter Konwitschny inszeniert
Anja Oeckによる 224ページの新刊   コンヴィチュニー氏よりメッセージ Tokyoの素晴らしいティト、親愛なる望月哲也へ 08年11月10日 ライプツィヒ

すごい!コンヴィチュニー演出の魅力について、国際的に活躍する音楽ジャーナリストのAnja Oeck女史が、歌劇場の可能性とコンヴィチュニー演出の魅力をインタビューも含めて執筆したこの新刊は、ヨーロッパでも話題になっているようですが、望月さんのティトが表紙になっているんですね。世界中でまたインターネットでも購入可能のようですが、コンヴィチュニー氏自身、東京でのプロダクションはまさに会心の出来だったと各国でおっしゃっているようです。
ところで、今後もまたウィーンへ?

今後のウィーンでの生活

はい。12月31日に再び渡欧し、日本での演奏のある時は戻りますが、 09年6月までウィーン国立音楽大学に在籍し、ウィーン国立音楽大学教授で名ピアニストでもあるワルター・モーア氏のレッスンを受ける予定です。リートにおける独特の響き、作品の内に埋もれている声の色彩や魅力をもっと深く表現できるようになりたいですね。
モーア先生とのレッスンではいろいろと気付かされることが多いのです。音楽というものを知り尽くした、けれど全く威圧的なところのない人間的にも素晴らしい方です。
リートを極めるとともにこれまで演奏しなかったものへ挑戦するきっかけも与えてくださいました。ブリテンやフランスもの、それにドビュッシーも僕の声に合っているとおっしゃって、自分の中の 新しい可能性についても気付かせてくれるのです。

Walter MOORE氏と 08年11月19日
今後の望月さんのご活躍から目が離せませんね。益々のご活躍に期待しております。

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デビューCD「赤と黒」より早2年、待望の第二弾となるCD「地球はマルイぜ〜武満徹;SONGS〜」が8月20日にリリースされます。武満徹による歌曲全21曲を収録したこのアルバムについて、林美智子さんにお話を伺いました。 Concert 2009年3月27日 19:30開演 王子ホール