7月公演 ワーグナー『パルジファル』~クリングゾル役 友清 崇インタビュー「ワーグナー愛が10年熟成した今、経験したことを更なるキャリアの高みへと繋げていきたい」

二期会創立70周年記念公演ワーグナー『パルジファル』キャスト・インタビュー。今回はクリングゾル役の友清 崇です。
多くのドイツオペラで活躍し、東京二期会では『魔笛』パパゲーノ、『サロメ』ヨカナーンを好演。最近も『ローエングリン』『フィデリオ』『タンホイザー』と続けて出演を重ねてきました。クリングゾル役は2012年二期会創立60周年記念公演で初役を果たしたほか、今年3月にはびわ湖ホールにて同役を歌い好評を博しました。
クリングゾルは悪魔と契約をした魔法使い。クンドリの心を操り、モンサルヴァートの王アムフォルタスから聖槍を奪った上に傷を負わせます。しかし、救世主としてあらわれたパルジファルに対し、その聖槍を投げると…
『パルジファル』は聖杯騎士団から語られるストーリーのため、ダークサイドに陥ったクリングゾルは悪役として描かれることが多いです。しかし、この役と向き合ってきた友清の話からは、そのように単純化されるキャラクターではない、愛憎混濁する複雑な内面を持った人物像が浮かびあがってきました。
公演に向けての話をどうぞ。

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2010年9月 東京二期会オペラ劇場『魔笛』(実相寺昭雄演出)より パパゲーノ役

――クリングゾルは、2012年の二期会創立60周年に続いて、今年は3月にびわ湖ホールの舞台に立ちました。

友清: 初めてワーグナーのオペラでキャスティングしていただいたのが10年前の『パルジファル』公演でのクリングゾルでした。翌々年、新国立劇場のシーズンオープニング公演では本役の外国人歌手が喉の調子を崩しゲネプロ降板になり、代役で舞台にあがりました。しかし、その後、新国立劇場、びわ湖ホールオペラ公演においてはカヴァーが続いていました。ですから、今回の公演オーディションで幸運にも出演のチャンスを得ることができて、とても嬉しいです。今春、クリングゾルでびわ湖ホールにオペラデビューさせていただきました。演奏会形式でしたので歌唱のみに集中でき、音楽の真髄に迫る挑戦ができました。

――クリングゾルの人物像、役柄、見どころ、聴きどころを教えてください。

友清: クリングゾルには2幕冒頭の前奏に奏でられる「Ungebändigten Sehnens Pein (抑えきれない欲望の苦しみ)」になぞられるライトモチーフ(示導動機)があります。
彼の人物像についてはその言葉に全て集約されています。
かつて、クリングゾルは聖杯の騎士団に入る為、懸命になっていました。騎士としてふさわしくなるべく、彼は一心不乱に猛勉強しました。入団には「純潔な者だけが許される」という条件があり、彼は若い男性なら必然的に持つだろう性への欲望を抑え切ることに苦しみ、ついに彼は肉体を犠牲、泌尿器を切断してしまいます。想像を絶する行為です。しかし、そうせざるを得無かったのです。彼は自分の制御不能な本能に本気で向き合い、決断したのです。
彼は突如笑い出したり、叫び声をあげる「情動調節障害」を患っています。歌詞の中に幾度となく「Ha!」と叫んでいるのがそれを証明しています。これは映画「ジョーカー」の主人公アーサー・フレックと同じ症状です。幼少時代に受けた虐待は脳外傷にまでおよぶ程。おそらくクリングゾルも同じような境遇だった可能性もあります。どんなに不幸で肉体的にも精神的にも酷く傷ついていても、彼は死にません。彼に備わった生命力は強靭だったのです。絶望的な境遇から見つめる聖盃騎士団の城「モンサルヴァート」はクリングゾルにとって憧れであり、救いであり、生きる望みだったに違いありません。このような観点から鑑みて、クリングゾルがティトゥレルによって入団を拒まれてしまったことは、彼にとって全てが崩壊してしまったことになります。
絶望に打ちひしがれながらクリングゾルは行く宛もなく山中をさまよい歩き、ついに肉体と精神が限界に達し地面に倒れてしまいます。そこは「モンサルヴァート」の領域で同じ山地のアラビア的スペインに向かっている南麓でした。倒れて動けなくなり、死を待つばかりのクリングゾルでしたが、彼の中に宿る強靭な生命力、憎悪、怨念の増幅が新たな生命力となって芽生え、更に魔法の力を得たのです。その魔力は絶大で、荒れ地だったその場所に魔法の城を築き上げました。
その後の彼の行動は、オペラのストーリーの通りです。
クリングゾルのスピンオフ作品が作れそうです。

クリングゾルの聴きどころについて、冒頭に「Die Zeit ist da,(その時が来た)」静寂の中、語るかのように歌います。ここの歌い方は十人十色。腑に落ちた歌い方を確立していないと、初っ端から不安になるばかりです。
次に、第1幕で何度か歌われる「Durch Mitleid wissend der reine Tor. (共苦により智を得たる純粋な愚か者)」のメロディーに、クリングゾルは替え歌で「今日は最も危険な奴を打ち負かさないとならん、奴は愚かさを盾にしているし」と歌うシーンです。この状況に及んでも、「モンサルヴァート城」で歌われているメロディーを今だに口ずさむクリングゾルって泣けてきませんか? かつて聖盃の騎士になる為の猛勉強がいまだ根強く残っているのです。「憧れ」は完全には消し切れないのです。聖なる者達を全員罠に陥れ、「聖盃を手中に収めるのだ!」と叫ぶシーンは、『ジークフリート』の第2幕でアルベリヒが「この手に指環を握り世界を支配するのは俺だ!」叫ぶシチュエーションと同じです。嘆きの叫びを聴いて下さい。

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2011年2月 東京二期会オペラ劇場『サロメ』(ペーター・コンヴィチュニー演出)より ヨカナーン役

すみません、もうひとつ!
クリングゾルは、パルジファルがそこまで来たのを見ると、異常に興奮し始めます。自軍の兵たちが次々にパルジファルにやっつけられていく様子を見て、ますます興奮します。まるで格闘技を観戦しているかのように。「Bleibst mir du zugewiesen! (俺のもとに居ろ、お前に見せつけてやる!)」クリングゾルがまるで歌舞伎役者のような大見得を切って退場するシーンは見どころです。
いったい何を見せつけてやるのか?彼は根っからの悪ではありません。彼の中にも「美」が存在していたのです。その表れが、彼が去った後に登場するクリングゾルの花の乙女達です。美しい乙女達、美しい庭園を創造したのはクリングゾルです。何よりもこの場面を支配するのはクリングゾルが創造した音楽です。『タンホイザー』ヴェーヌスベルクの官能の音楽とはまた違い、美女達に見入ってしまい、聴き入ってしまいます。

見どころについては、2幕の最後にクリングゾルが突き刺す聖なる槍を、どのようにパルジファルが奪うかです。これまでの数ある演出において、色んなアイデアが披露されてきたので注目するところです。特に手の込んだ仕掛けがある演出では、まさに魔法です。

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2012年9月 東京二期会オペラ劇場『パルジファル』(クラウス・グート演出)より クリングゾル役

――『パルジファル』の話を聞いていたのですが、スピンオフ・オペラ『クリングゾル』も、ぜひ観たくなりました!それだけ深いコンテクストを持った複雑な役だったのですね。さて、ドイツオペラでは欠かせない存在の友清さんですが、パパゲーノのようなコミカルな役から、ヨカナーンのような重厚で高潔な役もあり、今回のようなヒール役もあって、その役柄の広さは一概にひとくくりにはできそうにありません。役作りや歌作りはどのように取り組んでいるのでしょうか?

友清: 私がこれまでドイツオペラを中心に出演を続けられているのは、学生時代に師事した二人のバリトンの先生の指導のおかげです。歌曲から始まり、学年を重ねるにつれオペラ作品にも取り込み、発音指導をはじめ徹底した指導が今の私の礎になっています。またこの二人の先生はバリトンの中でも声質が異なっており、オペラで演じられていた役柄はコミカルなもの、そして重厚なものでありました。そのような学びの環境で育まれた経験が私の役作り、歌作りになっています。

――ちなみに、どのキャラクターを演じるのが、ご自身で一番お好きですか?

友清: 「悪役です。」という答えを期待しているのでしょうが、『パルジファル』の中では、正直言って「アムフォルタス」ですよ。でも、私にとっての「抑えきれない憧れへの苦しみ」が「クリングゾル」の本質に近づくことができるのだと思っています。

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2020年9月 東京二期会オペラ劇場『フィデリオ』(深作健太演出)より ドン・ピツァロ役

――それでは、最後にワーグナーの魅力と、ファンの皆様に向けて意気込みとメッセージをお願いいたします。

友清: 私にとってオペラを歌う原動力はワーグナーオペラへの憧れです。ワーグナーの魅力は、言語と音楽の融合、そして何よりもワーグナーの世界を表現する「歌唱力」です。

私の「意気込み」は役への「息込み」、つまり「役に生きる」ことです。「居て、捨てて、語る」という言葉を、演出家浅利慶太氏より学びました。役の人物に居る、自分を捨てる、その上で語る(歌う)。役作りにおいて究極の奥義です。
歌の師匠からもですが、これまでの人生経験の中で、幾多の金言に遭遇できたことは私にとって宝です。
今回も著名な宮本亞門氏の演出において、彼からどのようなインスピレーションを与えられ「クリングゾル」をどう生きていくか、とても楽しみです。
この10年間で、カヴァーもふくめてバイロイトで上演されるワーグナー主要10作品全てに関わることができました。私の中で、ワーグナー愛が10年熟成した今、経験したことを更なるキャリアの高みへと繋げていきたいです。

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▼『パルジファル』公演情報ページはこちら
2022年7月公演 R.ワーグナー『パルジファル』 - 東京二期会オペラ劇場
2022年7月13日(水)17:00、14日(木)14:00*、16日(土)14:00、17日(日)14:00* 東京文化会館 大ホール
指揮:セバスティアン・ヴァイグレ/演出:宮本亞門/管弦楽:読売日本交響楽団
*…クリングゾル 友清 崇 出演日

▼9月18日開催!「清水勇磨バリトンリサイタル」の公演情報ページはこちら
五島記念文化賞 オペラ新人賞研修帰国記念「清水勇磨 バリトンリサイタル」 - 株式会社 二期会21
2022年9月18日(日)14:00 東京文化会館 小ホール

●両公演のご予約・お問合せは《発売中》
二期会チケットセンター 03-3796-1831
(月~金 10:00~18:00/土 10:00~15:00/日祝 休)
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