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「演出とドラマトゥルグ」  オペラの制作現場からーその18

 最近のヨーロッパでは、新演出でいわゆるト書き通りのオーソドックスな舞台が作られることはまずありません。それどころか、時代設定も話の筋を変えてしまうことすら日常茶飯事です。たまに古い制作の舞台が残っていて再演されることもありますが、それを見てホッとされる方もいる一方で、なんて古いんだ!とがっかりされる方も多いようです。
 同様に、新演出を見て、「何がなにやらさっぱり分からない」と首をひねったり、「でたらめだ!」と怒るお客様がいる半面、演出家の新しい試みに心を振るわせて感動される方も確かに存在するのです。ヨーロッパでは、各地に劇場があって、何百年もかけてオペラを上演してきた歴史がありますので、このような変化に対する許容度は日本よりははるかに高いということもいわれていますが、この新しい傾向は最も保守的という折り紙付きのMETでもすでに顕著となっています。
 劇場にはドラマトゥルグというポストがあり、オペラに熟知した専門家がその任に就いていて、脚本家、作曲家がそのオペラをどのような背景で作り上げたか、その時代背景など、緻密な考証を行っています。一般的にいえば、ある演目を新制作しようと計画すると、まず劇場のトップ(インテンダント)がオペラ部門の部長、ドラマトゥルグ、音楽総監督と討議しながら、どのような方向性で作るかを決め、その方向に沿って演出家を起用していくことが多いようです。
 演出家の傾向は、過去の実績からおおよそは判断できますから、その時点でほぼ制作の方向性は決まったと言っても過言ではありません。ただし、あとは任せっきりというわけではなく、オリジナルを熟知した上で、それを読み替えていくという制作プロセスで、ドラマを再構築する膨大な知的作業が行われます。これがオペラという400年の歴史を持つ総合芸術を現代社会に活着させるエネルギーとなっていることは見逃せない事実です。
 最近、新国立劇場で上演された『軍人たち』を演出したのは、4年前に二期会がベルリン・コーミッシェ・オーパと共同制作した『イェヌーファ』の演出もしたウィリー・デッカーですが、まるで表現方法は違っても、底を流れる「舞台上のダイナミズム」ともいうべき、登場人物間に繰り広げられるドラマの表現方法に共通点を見いだして、鳥肌が立つほど興奮しました。
 このような実験的な表現を、それを知らない観客の皆様にお金を払わせてでもやるのはおかしいという意見もお聞きする一方で、博物館に入れるようなものは期待しないというお客様もいらっしゃって、我々はチャレンジとオリジナリティの間をいつも行ったり来たりの試行錯誤を繰り返しています。それによって生まれてくる何かを期待して。(常務理事 中山欽吾)

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