2017年07月14日のエントリー

演出リチャード・ジョーンズ初来日特集(2)
【特別寄稿】森岡実穂(中央大学准教授)「リチャード・ジョーンズ、その素晴らしき舞台の世界」<その1>

グラインドボーン音楽祭との提携公演、東京・愛知・大分3都市公演となる今回の『ばらの騎士』。演出リチャード・ジョーンズの初来日を機に、あらためてこの世界的な演出家をご紹介するべく、日本で最も彼の舞台を観ているといって間違いではない森岡実穂中央大学准教授に、その舞台の魅力を特別にご紹介いただきました!
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リチャード・ジョーンズがついに日本にやってくる。演出作品はいくつか日本にやってきていた。新国立劇場での《ムツェンスク郡のマクベス夫人》(2009年)、バイエルン国立歌劇場来日公演での《ローエングリン》(2011年)の衝撃を覚えている方もたくさんいらっしゃるだろう。今回はグラインドボーン音楽祭で初演されたリヒャルト・シュトラウス《ばらの騎士》演出を東京二期会でも上演することになるのだが、演出家本人が来日し、日本の歌手たちに直接演出をつけていくということで、どんな「東京ヴァージョン」の個性がそこに生まれるのか、興味は尽きない。
ドイツの専門誌『オペルンヴェルト』最優秀作品賞やイギリスのローレンス・オリヴィエ賞など、多くの受賞歴もジョーンズの実力を示す一助とはなろうが、そのオリジナリティと魅力は何より舞台の一部を見てもらうことで伝わるだろう。そこで、過去の代表作から10の舞台を選び、上演劇場(バイエルン国立歌劇場、モネ劇場、ブレゲンツ音楽祭、ミラノ・スカラ座、フランクフルト歌劇場、イングリッシュ・ナショナル・オペラ)の協力を得て当時の舞台写真と共に紹介してみたい。

1 《エジプトのジューリオ・チェーザレ》(1994年)Giulio Cesare in Egitto
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(c)Bayerische Staatsoper-Wilfried Hösl
オペラ・ノースでの《マゼッパ》(いま開催中の「クエイ兄弟展」にその舞台美術の記録が展示中)、《三つのオレンジへの恋》などを経て、ジョーンズが最初に世界に知られるようになるきっかけとなったプロダクションは、1993/94シーズンのバイエルン国立歌劇場でのヘンデル《エジプトのジューリオ・チェーザレ》(1994年)であった。ピラミッドの代わりのように、がらんとした空間に屹立する恐竜の写真は、「演出の時代」を代表する一枚となった。ジョーンズ演出と言えば、今回の《ばら》のポール・スタインバーグや、アントニー・マクドナルド、ウルツ、スチュワート・レインほか、個性的な舞台美術家の仕事が常に強烈な印象を残す。解釈に踏み込んだ装置をつくる舞台美術家には演出に進出する人も多いが、この舞台の美術を担当したナイジェル・ロウリーも現在演出家として活躍している。

2.《ニーベルングの指環》(1994~95年)Der Ring des Nibelungen
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撮影:森岡実穂(2点とも)
翌1994/95シーズンからは、母国イギリスのロイヤル・オペラでワーグナーの超大作《ニーベルングの指環》を2シーズンに渡って手掛けることになる。この舞台は国内外のオペラファンを二分する――と書いた新聞があったほどの――賛否両論を巻き起こした、非常に刺激的な演出だった。この演出によって、《指環》解釈におけるヴォータンの脱神話化は大きく歩みを進めたと言っていいだろう。ジョン・トムリンソンのヴォータン、デボラ・ポラスキのブリュンヒルデ、ジークフリート・イェルザレムのジークフリート、グレアム・クラークのミーメ、どのキャラクターも忘れがたい。指揮のハイティンクはこの演出への拒否感を隠さなかったが、演奏は極上であった。プレミエ時、4作品のうち2つがイギリスの老舗『オペラ』誌の表紙を飾っていることは、この作品への当時の注目度を端的に示しているだろう。当時のアツい見出しのついた新聞での批評記事と共に。

3.《スペードの女王》(2000年)Pique Dame
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(c)Johan Jacobs / La Monnaie De Munt
その後ジョーンズには、パリやミュンヘンほかヨーロッパ各地からひっきりなしに声がかかるようになっていくが、イギリス国内でとくに関係が深く、90年代後半~2000年代初頭の名作を生み出す場となっていったのが、優秀な地方巡回オペラ団体として知られるウェルシュ・ナショナル・オペラ(WNO)である。メトロポリタン・オペラでも上演されて大評判を取った、フンパーティンク《ヘンゼルとグレーテル》の初演(1998年)団体はこちらなのだ。伯爵夫人の存在感を大きく打ち出し、ゲルマンのベッドで彼女の骸骨が添い寝する写真が世界を驚かせた《スペードの女王》もここで生まれ、その後オスロ、ボローニャ、サンフランシスコ、ブリュッセル、そして2015年のローマまで多くの都市で上演された。この写真は、私も観に行ったブリュッセルでの2005年の上演から、伯爵夫人の寝室に押し入るゲルマン。

4.《仮面舞踏会》(1999、2000年)Ein Maskenball
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(c)Bregenzer Festspiele / Benno Hagleitner
世界中でもっともよく知られているオペラの舞台写真として、このブレゲンツ音楽祭でのヴェルディ《仮面舞踏会》(1999、2000年)の写真を見たことがある人も多いだろう。骸骨がめくる本のページの上で、文字通りの歴史が演じられていく。巨大なスケールの舞台を得意とするジョーンズらしい、大胆な舞台である。この《仮面舞踏会》と、続くプッチーニ《ラ・ボエーム》(2001、2002年)は、この舞台美術を作ったアントニー・マクドナルドとの共同演出となっている。

5.《炎の天使》(2007年) The Fiery Angel
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(c)Johan Jacobs / La Monnaie De Munt
ジョーンズは、日本の誇るマエストロ、大野和士とも2回共演している。大野が音楽監督を務めていたブリュッセルのモネ劇場で、ジョーンズは彼と共にプロコフィエフ《炎の天使》(2007年)の新演出を出している。写真はルプレヒトがアグリッパ・フォン・ネッテスハイムを訪問する場面だが、全編こうした印象的な場面に溢れており、ぜひ大野に新国立劇場で上演してほしいプロダクションのひとつである。
―― <後編>につづく ――
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ちらし(PDFファイル)
▼《絶賛発売中!》リチャード・ジョーンズ演出
グラインドボーン音楽祭との提携公演『ばらの騎士』の詳細はこちら
R.シュトラウス『ばらの騎士』(東京公演) - 東京二期会
 2017年7月26日(水),27日(木),29日(土),30日(日) 東京文化会館
R.シュトラウス『ばらの騎士』(愛知・大分公演) - 東京二期会
 2017年10月28日(土),29日(日) 愛知県芸術劇場
 2017年11月5日(日) 大分 iichiko総合文化センター
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