2017年07月18日のエントリー

演出リチャード・ジョーンズ初来日特集(2)
【特別寄稿】森岡実穂(中央大学准教授)「リチャード・ジョーンズ、その素晴らしき舞台の世界」<その2>

森岡実穂中央大学准教授による特別寄稿「演出リチャード・ジョーンズの舞台の魅力」の後編をご覧ください。
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―― <前編> からつづき ――
6.《ムツェンスク郡のマクベス夫人》(2007年) Lady Macbeth von Mtsensk
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Marco Brescia (c)Teatro alla Scala
また、ミラノ・スカラ座でショスタコーヴィッチ《ムツェンスク郡のマクベス夫人》を上演(プレミエは英国ロイヤル・オペラで2004年)した時の指揮者も大野和士だった。このジョーンズ演出《マクベス夫人》は日本でも2009年に新国立劇場で上演され、舞台美術のジョン・マクファーレンによる幕ごとに変化する部屋のインパクトや、ミミ・ジョーダン・シェリンが生み出す濃い光と影、不気味なシルエット、なによりカテリーナの孤独と苦悩を音楽に沿ってグロテスクに描き切る演出の手腕に、満場の観客がうならされた。写真は大野指揮のミラノ・スカラ座公演より。この男たちがアクシーニャを襲う場面では、男たちの獣性がむきだしになっていくプロセスの描写が素晴らしい。来年4月にロイヤル・オペラで再演が決まっているので、ぜひ多くの人に観てほしい。
▼ロイヤル・オペラの公演情報
Lady Macbeth of Mtsensk|productions - Royal Opera House

7.《ビリー・バッド》(2007年) Billy Budd
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(c)Oper Frankfurt / Barbara Aumüller
今回共演のマエストロ、セバスティアン・ヴァイグレの本拠地フランクフルト歌劇場でも、ジョーンズは過去にブリテン《ビリー・バッド》(2007年)、ヤナーチェク《マクロプロス事件》(2012年)をここで演出している。特に《ビリー・バッド》は、フランス革命期の英国海軍軍艦を舞台に、強制徴兵や理不尽な上官の暴力などに苦しみながら、実際の対仏戦闘に至らぬまま悶々と日々を送る兵たちのフラストレーション、その結果の不幸な事故による極限状態の精神のドラマを、「体育館」という閉鎖空間をメイン舞台として鮮やかに浮き彫りにした。ペーター・マッテイ、ジョン・マーク・エインズリー、クライヴ・ベイリーらの名唱・名演技も心に残る。
この作品は来年5月にフランクフルト歌劇場で待望の再演があるので、この頃にドイツに行かれる機会ある方はぜひご覧いただきたい。
▼フランクフルト歌劇場の公演情報
Billy Budd|The season, day by day - Oper Frankfurt

8.《ローエングリン》(2009年) Lohengrin
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(c)Wilfried Hösl
震災直後の2011年秋、バイエルン国立歌劇場来日公演の演目として、日本でのジョーンズ演出上演2作目となった作品。「エルザの夢」を完成させるためにカリスマ性を発揮し、彼とエルザに協力してくれる賛同者を集めていくローエングリン。「チーム・ローエングリン」的盛り上がりを象徴するTシャツは、ブラバントの人々のローエングリンへの心酔を可視化する実に面白い装置となっていた。あの時日本に来てくれたヨハン・ボータには、残念ながらTシャツはちょっと似合わなかったけれど、その明るく輝くテノールはまさに光を集める白鳥の騎士にぴったりだった。彼の早逝は本当に惜しまれる。この演出はオリジナルキャストで映像化されていて、いまでもその上演を楽しむことができることを付け足しておこう。

9.《ピーター・グライムズ》(2012年) Peter Grimes
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Brescia e Amisano (c)Teatro alla Scala
21世紀になってからはジョーンズ演出の舞台で映像化されたものも多く、ロイヤル・オペラでの《プッチーニ三部作》《アンナ・ニコル》《グロリアーナ》、グラインドボーンでの《ファルスタッフ》《ばらの騎士》、ブレゲンツでの《ラ・ボエーム》、メトロポリタン歌劇場での《ヘンゼルとグレーテル》、バイエルン国立歌劇場での《ローエングリン》などが過去に発売されている。
録画で観られる中でも特に彼らしさの出た傑作として、ミラノ・スカラ座でのブリテン《ピーター・グライムズ》(2012年)を勧めたい。共同体の中での異分子、差別、その孤独、そして集団心理の醜悪さというようなジョーンズらしいテーマが全編妥協なく描き込まれている。写真は、三幕の「ピーター・グライムズ!」三回連呼に向けてのクライマックス。今回の《ばらの騎士》でも組んでいる照明デザイナーのミミ・ジョーダン・シェリンのつくる光と影が、誰かを血祭りにあげることに熱狂していく人々の異様な興奮の空気を見事に描き出している。

10.《ドン・ジョヴァンニ》(2016年) Don Giovanni
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(c)Robert Workman/ENO
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(c)Robert Workman/ENO
ここ1、2年の新演出の中では、ロンドンのイングリッシュ・ナショナル・オペラ(ENO)で去年の9月に初演となったモーツァルト《ドン・ジョヴァンニ》(2016年)が素晴らしかった。この劇場は英語での上演のみながら、音楽的にも演劇的にも密度の濃い上演をすることで定評があり、ジョーンズもここでは《ルル》(2002年)、《トロイ人》(2003年)、《ニュルンベルクのマイスタージンガー》(2015年)など多くの傑作群を生み出している。今回も期待にたがわぬ名作で、男たちが街いっぱいに貼りめぐらせていく、ドン・ジョヴァンニの「指名手配」ポスターの「WANTED」の文字が、ドラマの進行と共に、女たちがジョヴァンニを求める気持ちが空間に充満しているように見えてくる。そんな魔術的な瞬間を味わえる《ドン・ジョヴァンニ》であった。舞台美術ポール・スタインバーグ、衣装ニッキー・ギリブランド、照明ミミ・ジョーダン・シェリンという今回の《ばらの騎士》と同じ制作チームが作り上げる、充実の舞台である。来シーズンは、オスロでこの演出が見られる機会があるようだ。
▼ノルウェー国立オペラ・バレエ団の公演情報
Don Giovanni - Den Norske Opera & Ballett

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2017/18シーズンのプレミエとしては、ロイヤル・オペラのオープニングで《ラ・ボエーム》、来年5月にパリのバスティーユで《パルジファル》が予定されている。二期会の《ばらの騎士》でファンになった方には、ぜひその後も彼の上演作品をチャンスがあればご覧いただきたい。追いかけがいのある天才とはこの人のことである。(森岡実穂)
―― <前編はこちら> ――
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ちらし(PDFファイル)
▼《絶賛発売中!》リチャード・ジョーンズ演出
グラインドボーン音楽祭との提携公演『ばらの騎士』の詳細はこちら
R.シュトラウス『ばらの騎士』(東京公演) - 東京二期会
 2017年7月26日(水),27日(木),29日(土),30日(日) 東京文化会館
R.シュトラウス『ばらの騎士』(愛知・大分公演) - 東京二期会
 2017年10月28日(土),29日(日) 愛知県芸術劇場
 2017年11月5日(日) 大分 iichiko総合文化センター
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